クーリジシ
クーリは氷、ジシは肉の意味ですが、ここでいう氷は冷たさではなく、澄んだ汁に雪のように白く広がった卵の姿のことです。卵が貴重だった戦前の沖縄では、お盆に先祖の霊を迎える料理として作られました。
日本料理509品。13/22ページで材料や調理時間を比べられます。 クーリジシ, 酢ずき, 醤油バターコーンラーメン(鶏だし醤油味のバター風味ラーメン).
クーリは氷、ジシは肉の意味ですが、ここでいう氷は冷たさではなく、澄んだ汁に雪のように白く広がった卵の姿のことです。卵が貴重だった戦前の沖縄では、お盆に先祖の霊を迎える料理として作られました。
油なしでから煎りした赤ずいきは、酢を回した途端に鮮やかな赤へ変わり、冷ます間に甘酢しょうゆを吸い込みます。富山で八つ頭の茎を使って作る夏の副菜で、家庭の食卓やお盆、秋祭りに並びます。生のずいきには喉を刺すえぐみがあるため、皮をむいて水にさらし、十分に火を通してから仕上げます。色が変わっただけでは仕上がりとせず、太い茎まで柔らかく、舌にえぐみが残らないものだけを出します。
澄んだ鶏がら醤油スープの上でバターがゆっくり溶け、表面に香ばしいコクが広がります。コーンの甘みともやしのシャキッとした歯ざわりが、塩気のあるスープを軽く感じさせます。麺は別鍋で茹でて余分なでんぷんでスープが濁るのを防ぎ、スープ自体も強く煮立てると煮詰まって塩辛くなります。
ゼラチンも寒天も使わず、えごぐさという海藻だけを酢少々とともに煮溶かして四角い型で固めます。福島県西会津や喜多方で、法事やお盆、正月など人が集まる席に並んできた一品です。固まったら好みの形に切り分け、からし醤油で食べます。
くちなしで黄色く炊いたご飯に、崩した豆腐とたたいたエソ、根菜をだしで煮たかやくを汁ごとかけます。大分県臼杵の料理で、高価な小豆飯の代わりに質素な藩が黄飯を用いたという話や、南蛮貿易で見たパエリアに由来するという説が伝わります。大晦日に大鍋で煮て、正月三が日に温め直して食べた商家の習慣も残ります。
飲むシェイクよりずっと濃く、長崎ではスプーンですくって食べます。大正末から昭和初めにかけて、九州初の喫茶店とされるツル茶んで、長崎の夏の暑さをしのぐために出されたのが始まりと伝わります。かつては暑い時期だけのものでしたが、今は一年中食べられる名物です。練乳と卵黄がやさしいカスタードの味を作り、その間で細かく砕けた氷の粒がしゃりっと崩れます。氷を砕ききる前にミキサーを止めると水っぽくならず、上に缶詰のさくらんぼを一つのせて出します。
秋田で小正月に作る汁物で、大根やじゃがいも、山芋、山菜、豆腐、栗の甘露煮まで具が多く、大鍋で一度に作ります。汁がほぼ煮えたら、青豆粉ともち粉で作って焼いた焼きずんだを入れ、さらに5分煮ます。
火を止めた鶏ガラと昆布のスープに鰹節を入れると、鶏のうま味に魚の香りがもう一層重なります。澄んだスープにするため、鶏ガラは下ゆでして骨のすき間まで洗い、煮る間も強く沸かさずにあくをこまめに取ります。醤油とみりんを軽く温めたタレを丼に先に入れ、熱いスープを注いで味を決めます。麺は袋の表示より少し短くゆで、スープの中でもかための食感を残します。なると、メンマ、半熟卵をのせた、昔ながらの東京の醤油ラーメンの姿です。
エイは皮と軟骨にコラーゲンが多く、甘辛く炊いた煮汁を冷やすだけでゼラチンなしにぷるんと固まります。奈良県葛城では、このエイを生姜、酒、みりん、砂糖、醤油で炊き、煮汁ごと冷やして煮こごりにします。海のない奈良にも、大阪に揚がった魚介が竹内街道を通って早く届きました。
もち米に麦と一日干した栗が混ざり、鶏肉やごぼう、ふき、しいたけ、油揚げが醤油味のつやをまといます。鳥取の大山おこわが岡山県真庭市の蒜山地方に伝わって根づき、麦を混ぜるのは1972年頃の地域の主食改善運動とつながっています。正月や節句、祭り、家の行事に出されてきました。具を炒め煮した煮汁は捨てず、蒸している途中で米に打って味を含ませます。
先にもち米を米粒が見えなくなるまでなめらかにつき、それから芋を加えることで、餅のこしに、さつまいものしっとりした柔らかさが重なります。芋はもち米の倍量入り、生地は黄色く仕上がります。下と上に敷いたきな粉のおかげで、よく粘る生地も型に広げて切り分けられます。40切れ取れる大きな仕込みです。
皮ごと鬼おろしですったれんこんのでんぷんと粘りだけで、味噌汁にとろみが付き、細かな粒が汁の中に散ります。宮崎県中部ではごりごり汁とも呼ばれる冬の汁で、水沼神社のそばの池で採れる、糸を引く水神様のれんこんと結び付いて伝わります。高鍋藩が財政立て直しのため、大和の良い品種の栽培を勧めたのが始まりとされます。だしはアジの煮干しで取り、魚のうまみは控えめです。
冷水でぬめりを落とした蕎麦に、醤油と酢、ごまのドレッシングを薄くからめて食べます。きゅうり、にんじん、紫キャベツを麺と同じ細さに切るので、ひと箸で野菜と蕎麦が一緒に持ち上がります。ざる蕎麦のようにつゆにつけず全体を和えるため、麺の水切りが甘いと味がすぐにぼやけます。
酢飯の代わりにから煎りしたおからを使う、山口県北浦地方のすしです。塩と酢で身を締めたいわしで、酢と砂糖で味をつけ、生姜や麻の実、黒ごまを混ぜたおからを小さく丸めて包みます。米作りが難しい沿岸の集落で大豆の搾りかすを生かした工夫で、正月や婚礼、祭りの日に作られてきました。ほろりとした香ばしいおからに、脂ののったいわしと甘酸っぱい後味が重なります。
4月下旬から6月、瀬戸内海にサワラが入り、そら豆が実る頃、讃岐の農家は親戚を招いて魚と料理、酒を囲む春の行事はるいおでこの押しずしを作りました。酢締めは殺菌にはならないため、上にのせるサワラは生食用として売られたものを使います。
炒った大麦ともち米をひいたおちらし粉を水飴のシロップで練り、棒状に固めた飴で、やわらかくかめて炒った穀物の香りがします。鍋からひとかたまりで離れた生地はとても熱く、肌に付くとひどいやけどになるため、分けるのも転がすのも切るのも、耐熱へら2本と包丁で行います。最後にもう一度粉をまぶしておくと、冷めてもくっつきません。
小麦粉の団子をかむと、中からくるみがひとかけら出てきます。岩手県久慈市山形町の郷土汁で、江戸時代の凶作の折に祝いの麺の代わりに作った粉ものが始まりと伝えられ、今も正月や冠婚葬祭、冬の食卓に並びます。昆布と煮干しの澄んだ醤油味の汁に、人参、ごぼう、かんぴょう、きのこ、焼き豆腐が加わり、具だくさんの一杯になります。
生の真鱈子を袋から直接しぼり出し、醤油、酒、みりんで糸こんにゃくと一緒に汁気がなくなるまで炒り煮にします。秋田の料理で、たらこや明太子として売られるスケトウダラの卵ではなく、真鱈の卵を使います。
細かくすったいわしに、すりおろした山芋と卵が入るので、揚げると中がふんわりふくらみます。富山ではそのままおかずや酒の肴にするほか、おでんや鍋に入れることもあります。
薄くそいだしめ鯖と酢で戻した白板昆布がすし飯を覆い、木型で押されて四角い断面になります。大阪の押し寿司で、醤油を付けずに甘酢しょうがを添えて食べます。1891年に南船場の寿司常がこのしろを使って作り、半身の形が小舟に見えたことからポルトガル語の小舟を名に取りました。後に鯖と四角い型が定着しています。
れんこんの穴に小豆を詰めて甘く煮ると、輪切りにした白い断面に小豆が花模様のように並びます。茨城県の郷土料理で、霞ヶ浦周辺でとれるれんこんと地元の小豆を使って家庭で作られてきました。乾燥小豆は煮ると大きく膨らむため、穴には半分から3分の2までゆるく詰めます。弱火で2〜3時間煮てから砂糖を加え、鍋のまま冷ましきるまで半日がかりです。
正方形の小麦粉の生地の片側の2角を合わせると、箕(み)の形になります。山梨県富士川町十谷では、この形が福をすくい集めるとされ、元日の朝や祝いの席にこの汁を出します。生地は別にゆでず、根菜を煮ている汁にじかに入れるので、まわりの粉が溶けて汁に軽いとろみが付きます。
煎りごまと米味噌、青じそ、玉ねぎ、きゅうりをすり鉢ですり、冷たいかつおだしでのばして冷やしうどんをつけます。埼玉県川島町で夏に食べられてきた汁で、ごまのこくの上に青じそときゅうりの涼しい香りが立ちます。薄切りのきゅうりはすりこぎで軽くたたき、汁と香りを生地に移します。ごまは油がにじむまで細かくすると、汁にこくのあるとろみが出ます。冷たいだしは少しずつ注ぐと、固いごま味噌が塊にならずにのびます。
凍ったままの鮭を薄く切って口に入れると、最初はシャリッと硬く冷たく、溶けるにつれて脂とやわらかな身が広がります。北海道で、厳しい冬に鮭を雪の中で保存したアイヌの食文化と結びつく食べ方です。名前はアイヌ語の「ル(溶ける)」と「イペ(食べ物)」に由来するとされます。西洋わさびと醤油を添えて出します。