パンシット・ビーフン(フィリピン式米麺の醤油焼きそば)
鶏むね肉をゆでた湯は捨てずに取っておき、炒めている途中でビーフンが乾いてきたら少しずつ加えます。細い米麺が醤油とナンプラーに鶏のだしの味も吸い、鍋底に水気を残さずほぐれた状態に仕上がります。
鶏むね肉をゆでた湯は捨てずに取っておき、炒めている途中でビーフンが乾いてきたら少しずつ加えます。細い米麺が醤油とナンプラーに鶏のだしの味も吸い、鍋底に水気を残さずほぐれた状態に仕上がります。
名前は冷や汁でも、実際はゆでた野菜を冷たいしょうゆ味のだしに浸し、汁ごと食べる米沢のおひたしです。干し貝柱の戻し汁を捨てずにだしにし、凍みこんにゃくと干ししいたけがそのうま味を深く吸い込みます。ほうれん草、キャベツ、もやし、にんじんに、米沢の冬野菜の雪菜が加わり、雪菜だけは歯ごたえを残すようにさっと湯に通します。冷蔵庫で1時間から一晩なじませ、大きな器に具と汁をたっぷり盛ります。
滋賀県のおあえ団子は、平たくゆでた米粉団子をこんにゃく、しいたけ、にんじん、小松菜と一緒に豆腐とごまの白和え衣で包みます。団子も野菜も冷ましてから和えるため、温かい料理ではなく常温のおかずとして出します。
鶏肉とごぼう、野菜を煮た醤油味の汁に南部せんべいを手で割り入れると、縁は汁を吸って柔らかくなり、中心はもちっと残ります。青森県八戸地方では、こうしてせんべいを汁に入れて食べてきました。おやつ用のせんべいは汁の中で崩れやすいため、汁用の南部せんべいを使います。
鶏もも肉を先に炒めて出た脂と肉汁で、にんじんとキャベツを強火で手早く炒めます。水やスープはひとさじずつだけ加え、汁を残さず卵麺に吸わせます。
くちなしで黄色く炊いたご飯に、崩した豆腐とたたいたエソ、根菜をだしで煮たかやくを汁ごとかけます。大分県臼杵の料理で、高価な小豆飯の代わりに質素な藩が黄飯を用いたという話や、南蛮貿易で見たパエリアに由来するという説が伝わります。大晦日に大鍋で煮て、正月三が日に温め直して食べた商家の習慣も残ります。
もとは中央に炭を入れる専用の器で出した宮廷の鍋ですが、ここでは普通の鍋を使います。牛肉と豆腐の肉団子を真ん中に置き、しいたけ、にんじん、白菜を区画に分けてまわりに並べます。卵はスープに溶かず、黄身と白身を別々に薄焼きにして細切りにし、黄色と白の錦糸卵としてのせます。
揚げた細麺に、豚肉とえび、いか、野菜を炒めて片栗粉でとろみをつけた熱いあんをかけます。1899年に四海楼の陳平順が汁なしのちゃんぽんとして作ったのが始まりで、長崎では元の太麺と、今広く食べられている細いパリパリ麺を区別しています。このレシピは市販の揚げ麺を使う細麺のほうです。かまぼこともやし、しいたけはほかの具に火が通ってから加え、もやしのシャキッとした感じを残します。あんがしみた所はしんなりし、残りはパリッとしたまま口に入ります。
もち米に麦と一日干した栗が混ざり、鶏肉やごぼう、ふき、しいたけ、油揚げが醤油味のつやをまといます。鳥取の大山おこわが岡山県真庭市の蒜山地方に伝わって根づき、麦を混ぜるのは1972年頃の地域の主食改善運動とつながっています。正月や節句、祭り、家の行事に出されてきました。具を炒め煮した煮汁は捨てず、蒸している途中で米に打って味を含ませます。
群馬のすいとんは、生地を延ばしも切りもしません。ゆるく溶いた中力粉の生地をスプーンですくい、大根、人参、里芋、しいたけ、油揚げを煮ているだしに落とすだけです。その手軽さから、米が足りない時にご飯代わりに食べる日常の料理になりました。
糸こんにゃくを2分ゆでると独特のにおいが抜け、ぷりっとした弾力だけが残り、きゅうり、にんじん、玉ねぎのシャキッとした歯ざわりと対照をなします。コチュジャンに酢を合わせた甘酸っぱく辛いたれで、冷蔵庫で10分冷やすと味がはっきりします。半透明の糸こんにゃくが赤く染まり、韓国では副菜として食卓に並びます。
ハムと野菜、グリーンピースをバターで炒めたケチャップライスを、中央がまだしっとりした卵でフライパンのカーブに沿って包みます。ナイフを入れると半熟の卵が流れ出し、ご飯の間からグリーンピースの緑がのぞきます。
身を取ったあとの頭、中骨、皮、肝、白子や真子まで、鱈一尾を一つの鍋で煮て濃いだしを取ります。じゃっぱは津軽の言葉で捨てるところを意味しますが、青森の津軽ではこの部分で冬の味噌汁を作ってきました。仕上げにつぶして溶かす肝が汁にやわらかなコクを加え、新鮮な白子があればごちそう扱いです。鱈は津軽で年取り魚とされ、年の瀬に大きな鱈を丸ごと買って雪道を引いて帰る光景から、鱈正月という言葉も生まれました。
冷水でぬめりを落とした蕎麦に、醤油と酢、ごまのドレッシングを薄くからめて食べます。きゅうり、にんじん、紫キャベツを麺と同じ細さに切るので、ひと箸で野菜と蕎麦が一緒に持ち上がります。ざる蕎麦のようにつゆにつけず全体を和えるため、麺の水切りが甘いと味がすぐにぼやけます。
ハム、玉ねぎ、にんじん入りのケチャップライスを薄焼き卵で包み、上からもう一度ケチャップをかけます。ケチャップとウスターソースは、フライパンの端で先に煮立たせてからご飯と混ぜます。皿に返して盛ると、韓国の粉食屋(軽食店)でおなじみの楕円形になります。
鹿児島の豚汁には、甘くやわらかな麦味噌を使います。豚肉、大根、里芋、こんにゃく、厚揚げが汁と同じくらいたっぷり入って椀をほとんど埋め、上に小ねぎと細い針しょうがをのせます。
野菜は一種類ずつ炒めて最後に合わせ、ほうれん草の緑やにんじんの橙を春雨の中でもくすませずに残します。牛肉は醤油とにんにくで下味をつけてから炒め、春雨はまずその肉の味を吸い、残りの醤油でつやが出ます。ゆでたほうれん草の水気が残ると春雨に水が出て、たれが薄まります。
厚めに切った生椎茸を米にのせて炊くと、椎茸は蒸気でしっとり火が通り、香りが下のご飯に移ります。干し椎茸にするなら戻し汁を炊き水にして、きのこの味を濃くします。炊き上がったご飯は醤油、ごま油、長ねぎ、ごまのたれで混ぜます。
鶏肉、しいたけ、里芋、ちくわ、こんにゃく、人参、焼き豆腐の七品を1.5cm角にそろえ、澄んだ醤油味の汁に浮かべます。熊本県人吉・球磨地方では、おくんちなどの行事に赤飯や煮しめと並べ、具の数を七や九の奇数にする習わしがあります。煮しめの切れ端を一椀に生かす始末の知恵から生まれた汁でもあります。豆腐は最後に入れ、角を崩さずに盛ります。
発酵させたさつまいもの保存食から作るせんだんごをこね、専用の押し出し器具で熱湯へ押し出すと、短く太い麺が落ちていきます。長崎県の島原や対馬で江戸時代から伝わる郷土食です。表面はつるりとして中はもっちりし、さつまいものほのかな甘みが残ります。ゆで上がった麺はすぐ冷水に取り、表面のアクを洗い落とします。ごぼうとにんじん、しいたけの澄んだ汁に、かまぼことねぎを添えます。
大きなえびは縦半分に割ってから巻くので、切り口の真ん中がピンクのえびで埋まります。薄焼き卵、炒めたにんじん、きゅうりも入りますが、味の濃い具はなく、ほかのキンパより軽く食べられます。
そば粉に崩した木綿豆腐を混ぜた生地を、両端はとがり中央は少しふくらんだ柳の葉の形に押し、そばの弾む歯ごたえを残します。岩手県北部の味噌汁で、細いそばを切るより手間が少なく、そばの風味はしっかり味わえます。そばアレルギーのある人には出しません。
春雨とえび、いか、豚肉、白菜、きくらげをたっぷり入れた鶏がらの澄んだスープに、半分に切ったゆで卵をのせます。中国福建省福州の祝いの料理が明治後期に長崎を経て熊本へ伝わり、地元の材料に合わせて形を変えました。熊本県中部の中華料理店や家庭で、昼食や夕食、酒席のあとの食事として食べられています。魚介は豚肉と固い野菜に火が通ってから加えるため、えびといかが硬くなりません。澄んだ汁を保つため、春雨は別ゆでして洗い、最後に汁で短く温め、ねぎとごま油を入れたらすぐ火を止めます。
えびは二通りに使います。頭と殻は煮出して粥を炊くだしにし、身は細かく刻んでごま油とにんにくでさっと炒めて取り出し、米がすっかりほどけてから鍋に戻します。