イーヤチ
もち米ともちあわ、小豆を一つの鍋でゆで、熱いうちに木べらで練ると、砂糖なしでも粒同士がつながって丸く形がまとまります。竹富島の種子取祭の間に用意して食べてきた餅と伝わります。芭蕉の葉で包んで蒸すため、葉の香りが餅に移ります。粒が一部残り、つるりとした餅よりも穀物らしい歯ごたえです。
もち米ともちあわ、小豆を一つの鍋でゆで、熱いうちに木べらで練ると、砂糖なしでも粒同士がつながって丸く形がまとまります。竹富島の種子取祭の間に用意して食べてきた餅と伝わります。芭蕉の葉で包んで蒸すため、葉の香りが餅に移ります。粒が一部残り、つるりとした餅よりも穀物らしい歯ごたえです。
豚の小腸の中で戻したもち米が蒸されて膨らみ、春雨と豚の血をまとめるもっちりした具になります。そのため具は腸の8割ほどにとどめ、蒸している途中で膨らんだところは針で刺して空気を抜きます。
引っぱっても、もち米だけの餅のように長く伸びず、ぷつりと切れます。小麦粉の生地をもち米と同じせいろで蒸し、熱いうちに一緒につくからです。大阪の中河内や南河内では、田植えを終えた半夏生のころにこの餅を作って感謝と豊作の願いを込め、砂糖を混ぜたきな粉を全面にまぶしてきました。
麴醇堂の百歳酒を再現したものではなく、もち米と韓国のヌルクに水参、ナツメ、生姜を加えて家庭で仕込む米の酒です。発酵の終わりは日数より、泡が目に見えて減り、液体が層に分かれてくる様子で見極めます。濾した酒にも酵母が生きていて、はちみつを混ぜておくと再び発酵するため、はちみつは飲む杯ごとに加えます。
1.5kgの鴨の腹にもち米を詰め、黄耆やハリギリなどの韓方材料を先に煮出した湯で煮ます。煮上がると腹の中のもち米が粥のようになり、肉と一緒に取り分けます。鴨は鶏より身が硬く、1時間半以上かかります。
縦半分に切ったなすの間に、甘く味をつけたもち米ご飯と黄色い食用菊、赤唐辛子を重ねていき、切り口には黄色と赤の層が並びます。秋田県南部で正月や祝いの膳に出されてきた漬物で、魚ではなく米を使うことから「すし」と呼ばれます。もち米ご飯に砂糖と塩、酒を混ぜて漬け床にするため、なすには塩辛さより甘めの味が入り、もち米がやわらかく張りつきます。ミョウバン、菊、笹の葉はどれも食用表示のあるものを使い、飾り用の花や正体のわからない葉は入れません。熟成中はずっと4℃で冷蔵し、カビや腐敗臭が出たら食べません。
里芋や黒ごま、海苔を練り込んだ餅を薄く切って長く干し、低めの油で揚げると一枚ずつふくらんで軽い揚げ菓子になります。普通の餅より長くつき、米粒が見えないほどなめらかにしておくと、薄く切っても縁が欠けにくくなります。揚げる前に一枚折ってみて、中心に湿った層が残っていないかを見ます。カビの点やかび臭さのある一枚は、隣り合った分まで捨てます。乾燥には数週間かかり、その間置いておく涼しく風通しのよい場所が先に必要です。
食用の灰汁に一日浸けたもち米を竹の皮で包み、3時間ほど茹でると、米粒の形はすっかり消え、つやのある琥珀色のゼリーのような塊になります。生地自体は甘くなく、切ってきな粉を添えます。灰汁水は食品調理用として売られているものだけを使い、素手で長く触れないようにします。
マッコリと違って目の粗いざるで一度だけこすため、表面に米粒が浮き、噛むと米の甘みと発酵の酸味が一緒に広がります。うるち米ともち米を蒸したこわ飯は、ヌルク(韓国の麹)を加える前に熱を完全に取ります。家で仕込むと、仕込んだ日によって味が少しずつ変わります。
小ぶりの若鶏にもち米、水参、なつめ、にんにくを詰めて丸ごと煮ると、もち米のでんぷんが溶け出してスープにほのかなとろみと香ばしさが出ます。もち米は30分以上浸水させておかないと中まで火が通らず、ふくらむ余地を残して詰めないとあふれます。脚の関節が楽に動けば火が通ってきた合図ですが、いちばん厚いもも肉と腹の中のもち米はそれぞれ別に見ます。塩はスープに入れず、別皿で添えて肉につけて食べます。
蒸したもち米にきゅうり、紫キャベツ、赤じそを混ぜて発酵させると、米粒が赤く染まり、全体がとろりとして酸味が出てきます。青森県津軽の北西部では、冬に備えてこの米の漬物を仕込んできました。赤じそは別に塩でもんで濃い汁を絞り捨て、アクを抜いてから合わせます。米粒はつぶしきらず、しそと野菜が全体に行き渡る程度に混ぜます。18Lの漬け樽を満たす大量の配合のため、重石と涼しい置き場所を先に用意します。発酵の日数で酸味ととろみが変わり、好みの状態になったらご飯に添えて食べ始めます。
醤油とオイスターソースに漬けて炒めた鶏ももとしいたけを、半分ほど蒸したもち米と一緒に乾燥した蓮の葉で包み、もう一度蒸します。皿には移さず、開いた葉の上から食べ、葉を開いた瞬間に蓮の香りを含んだ湯気が一気に立ちのぼります。広東の飲茶では竹のせいろに入って出てきます。
うるち米をもち米の倍量使って炊き、半分だけついて米粒を残した餅を、あんで隙間なく包みます。あんは無糖の生あんに砂糖と水を加え、鍋で練って作ります。半づきの飯はとても粘るので、子どもやお年寄りには小さく切って出します。
鍋底に押しつけて焼いたおこげに水を注ぎ、玄米ともち米を加えて煮ると、香ばしい穀物の香りが溶けた白っぽいお茶になります。おこげはこんがり色づくまでは香ばしさが増しますが、焦げると苦みが全体に広がります。
もち米に麦と一日干した栗が混ざり、鶏肉やごぼう、ふき、しいたけ、油揚げが醤油味のつやをまといます。鳥取の大山おこわが岡山県真庭市の蒜山地方に伝わって根づき、麦を混ぜるのは1972年頃の地域の主食改善運動とつながっています。正月や節句、祭り、家の行事に出されてきました。具を炒め煮した煮汁は捨てず、蒸している途中で米に打って味を含ませます。
凍っては解けるを繰り返して水分が抜けた餅は、細かな穴があいて手に持つとほとんど重さがなく、凍り餅とも呼ばれます。稲わらで編んで軒下にすだれのように吊るした餅はかつての五所川原の2月の風景で、家ごとに天候を読んで吊るす日を決める係がいました。もち米4.5kgを蒸してつき、約二か月干す冬の仕事で、乾いた餅はそのままかじるか軽くあぶるほか、バターじょうゆを塗ったり揚げたりもします。
もち米の蒸し米に麹(ヌルク)を混ぜ、日陰で一週間以上発酵させると、上に澄んだ酒が浮いてきます。もろみごと漉すマッコリと違い、その上澄みだけを静かにすくい取るので、色は透きとおった金色です。発酵中は消毒したへらで一日一回かき混ぜます。汲み取った酒は瓶に詰めて冷蔵庫で二日置き、小さな杯に冷たく注ぎます。
具も味付けもないもち米を笹の葉2枚で三角に包み、い草で縛って2時間近くゆでます。新潟では葉をむいたもちもちの塊を、きな粉に砂糖と塩を混ぜたものに付けて食べます。三角ちまきは奈良・平安時代の文献にも見え、笹に包まれて日持ちがすることから農作業の合間の食事になりました。上杉謙信が戦の携帯食として作らせたという言い伝えも地元に残ります。
干しいもの「こっぱ」は洗ってから覆いをして6時間置き、芯まで水分を均一に戻すと、蒸したもち米と一緒についても乾いた芋片が残らずひとかたまりになります。甘みは黒砂糖と白砂糖を同量ずつ加え、厚い板状に固めて切り分けます。
塩で二度もんだ赤じその汁がもち米を鮮やかな赤に染め、温めた甘酢が甘酸っぱさを加えます。この作り方は伝統的な常温発酵の代わりに冷蔵で漬けるため味は同じにならず、そのぶんpHと温度を数値で管理します。赤じその色で試験紙は読みにくく、校正した食品用の突き刺し型pH計が欠かせません。機器がなければ家庭で作らず、地域の製造者の完成品を使います。数か所で測ったpHの最も高い値が4.2以下の場合だけ漬け込みに進みます。漬けた後にかび、膨張、泡、ぬめり、異臭が一つでもあれば、味見せずに捨てます。
タイのこのデザートは前の晩から始まります。もち米は最低6時間、できれば一晩浸水させる必要があるためです。蒸したての熱いもち米に、砂糖と塩を加えて温めたココナッツミルクをかけてふたをしておくと、米粒がソースを吸って甘く、ほんのり塩気のある味になります。完熟マンゴーは出す直前に切って横に添えます。
胴に詰めたもち米といかの足が、だしと酒、醤油の煮汁を吸ってもっちり炊け、輪切りにすると白い米をいかの縁が囲む断面になります。米は煮る間に膨らむため胴の6分目までにとどめ、詰めすぎると皮が裂けます。
先にもち米を米粒が見えなくなるまでなめらかにつき、それから芋を加えることで、餅のこしに、さつまいものしっとりした柔らかさが重なります。芋はもち米の倍量入り、生地は黄色く仕上がります。下と上に敷いたきな粉のおかげで、よく粘る生地も型に広げて切り分けられます。40切れ取れる大きな仕込みです。
切ると蓮根の穴に白いもち米と淡い桃色のもち米が詰まり、紅白の輪切りが並びます。大阪府門真市の祝いの料理で、穴から先が見通せることから蓮根は縁起のよい野菜とされます。水はけの悪い粘土質の土地に合い、江戸時代から河内や門真で育てられてきました。約2時間蒸すと蓮根は甘みが増してほどよいしゃっきり感が残り、8mmに切ってきな粉とあんを添えるとお菓子のように食べられます。