厚揚げの煮たの
福井県では厚揚げを最後まで切らずに一枚のまま煮含め、上面の十字の切り込みから煮汁が入っても中心は白い豆腐のまま残り、外側の味と中のあっさりした味を一口で両方感じられます。熱湯で表面の油を流してから煮るため、煮汁が油っぽくなりません。
福井県では厚揚げを最後まで切らずに一枚のまま煮含め、上面の十字の切り込みから煮汁が入っても中心は白い豆腐のまま残り、外側の味と中のあっさりした味を一口で両方感じられます。熱湯で表面の油を流してから煮るため、煮汁が油っぽくなりません。
ひと口かじると、砂糖をまぶしたサクッとしたクッキー生地が先に割れ、その下から牛乳とバターのふんわりしたパンがほどけます。名前はメロン味ではなく、格子模様の見た目がメロンの皮に似ていることから来ていて、メロンは入っていません。比較的低い温度で焼くのでクッキー生地は淡い色で固まり、下のパンは丸くふくらみます。皮がまだ音を立てて割れる、焼いて数時間のうちがいちばんおいしい時間です。
コムタムはベトナム語で、精米の途中で割れた砕け米のことです。売り物にならず捨てられていた米が、ホーチミン市の朝を代表するご飯になりました。粒が小さく、肉のたれをよく吸います。ここでは骨付きのスペアリブを炭火で焼く代わりに、薄切りの豚肩ロースをレモングラスのたれに漬けてフライパンで焼きます。
鶏むね肉にはにんにく入りの合わせ味噌をもみ込み、冷蔵庫で15分なじませてから焼きます。火の通りにくい人参を先に、キャベツとピーマンを後から加え、キャベツの縁が透き通ったところで鍋に残った味噌だれをまとわせて火を止めます。
凍っては解けるを繰り返して水分が抜けた餅は、細かな穴があいて手に持つとほとんど重さがなく、凍り餅とも呼ばれます。稲わらで編んで軒下にすだれのように吊るした餅はかつての五所川原の2月の風景で、家ごとに天候を読んで吊るす日を決める係がいました。もち米4.5kgを蒸してつき、約二か月干す冬の仕事で、乾いた餅はそのままかじるか軽くあぶるほか、バターじょうゆを塗ったり揚げたりもします。
中央が盛り上がったジンギスカン鍋では、羊肉の脂と肉汁が溝を伝って、周りのもやしや玉ねぎ、かぼちゃに流れ込みます。肉には下味を付けず、すりおろしたりんごと梨、にんにく、しょうがを加えた醤油と酢のたれに付けて食べます。脂の多い肉から中央で焼き、溶けた脂を溝に回しておくと、油をひかなくても肉や野菜がくっつきません。じゃがいもとかぼちゃは火の通りが遅く、箸が通ったものから取り分けます。北海道では大正時代に羊毛のために増やした羊から羊肉を食べ始め、今は家庭でも、春の花見や夏のバーベキューのような屋外でも焼きます。
いわしの身をすり鉢で粒が見えなくなるまですり、長いもと卵、味噌を混ぜると、粘りのあるだんごの生地になります。だんごに味噌の味がついているので、汁は醤油少しで足ります。
霜に当たってやわらかくなった野沢菜を丸ごと樽に重ね、塩、昆布、唐辛子とともに重石で押し、上がってきた自らの漬け汁の中で寒さのうちに乳酸発酵させます。長野県野沢温泉村の冷涼な高地で、根よりも葉と茎が大きく育つ菜で、冬に青菜を食べるための大事な保存法でした。二、三週間で食べ始め、ひと月ほどで酸味とうま味が増します。40kgを一度に漬け、足で踏んで重石を扱うため、二人がかりの大仕事です。
ホイアンでは昔、チャム族の古井戸の水と近くのチャム島の木の灰汁で麺を打って固いコシを出しましたが、家庭では太い米麺で代用します。スープ麺ではなく、甘辛く煮詰めた豚肉の煮汁を数さじかけて混ぜるため、もやしやハーブ、砕いた揚げワンタンの皮がそれぞれの食感を保ちます。
クミンの土っぽく温かい香りとチャートマサラの塩気のある酸味がライムの上に重なり、きゅうりとトマトだけでもインドらしい味になります。種の多い部分を少し取り除くと水分が出にくく、ライムのたれが薄まりません。赤玉ねぎは細かく刻んで冷水に3分さらすと鋭い辛みが抜け、絞らずにざるで水気だけを切ります。パクチーは葉とやわらかい茎を一緒に刻み、香りをしっかり立たせます。和えてすぐより15分ほど置いてから出すと、野菜同士の味がなじみます。
小麦粉の衣は使わず、ココナッツミルクとターメリック、にんにく、生姜のペーストを煮詰めて鶏の表面に残し、その層ごと揚げます。仕上がりは滑らかな衣ではなく、濃い黄金色にでこぼことしたカリカリの粒が浮いた皮になります。
白味噌、ごま油、炒りごまを使った薄焼きで、砂糖はほんの少しだけです。甘さより塩気とごまの香ばしさが前に出ます。生地はまとまったらすぐ手を止めます。長くこねると弾力が出て薄く伸ばしにくく、焼いても硬くなります。焼きたては少しやわらかくても、冷めるにつれてカリッとします。
むき身のあさりと太めに切ったねぎを味噌汁でさっと煮て、汁ごと熱いご飯にかけ、汁が米の間に染みるうちに食べます。江戸時代の深川はあさりの豊富な漁師町で、殻から外したむき身が売られ、漁師は仕事の合間に手早く煮て食べました。
カレーといってもソースはなく、ひき肉にスパイスペーストをまとわせて、ぽろぽろにほぐれるまで炒めます。南部専用のペーストではなく市販のタイ・レッドカレーペーストを使う簡易版なので、ターメリックやこしょうの入る本来の味とは香りも辛さも違います。鍋底に汁気がなくなれば十分で、スナックのようにカリカリに乾かすわけではありません。細く刻んだこぶみかんの葉が、強いスパイスの中に柑橘の香りを添えます。
割ると柔らかい皮、あん、ほくほくのいもが三層に分かれて見えるのは、厚めのさつまいもとあんこを一緒に生地で包んで蒸すからです。熊本の菊池地方で秋のいも掘りの頃に間食として作られてきた団子です。
皮目と両側面を強い炎に近づけて表面だけをあぶり、中心は赤く冷たいまま残します。中心は生のままなので、加熱用ではなく生食用として低温で流通したかつおを使います。厚めに切ってから塩をふり、ゆず酢と醤油をかけて包丁の腹で軽くたたき、味をなじませるのが高知流です。薄切りのにんにくと玉ねぎ、小口切りの細ねぎをのせ、室温に置かずにすぐ食べます。
縁は薄くやわらかく、中央は少し厚く弾力が残るようにのばすので、一切れで二つの食感が味わえます。青森県南部の汁物で、麺のようにのばして切るのではなく、生地を引っぱってちぎる動きが名の由来とされます。休ませた強力粉の生地を、鶏肉、ごぼう、人参の入っただしへ直接ちぎり入れます。
刻んだ山形青菜に大根、にんじん、菊芋を合わせ、しその実と黄色い食用菊の花びらも混ぜ、噛むたびに違う野菜の食感が出てきます。山形県の村山、最上、置賜地方の食卓に並びます。下漬けで出た緑色の水は捨て、野菜を何度も押して水気を固く絞ると、醤油、みりん、ざらめの漬け汁が薄まりません。塩気が強くない醤油味で、ご飯やおにぎり、お茶漬け、チャーハンに混ぜて使えます。塩分が控えめなため、仕上がった後も冷蔵し、2週間ほどで食べきります。
ペナンの屋台では、煙が上がるまで熱した中華鍋の焦げた香り、ウォックヘイがこの麺の味を決めます。平たい米麺とエビ、卵、もやし、ニラを数分で炒め合わせ、濃口醤油とオイスターソースで麺をつややかな茶色に染めます。麺やエビに水気が残ると鍋の温度が下がり、炒めるより蒸した状態になってしまいます。
マヨネーズに米酢とレモン汁を合わせたドレッシングは、クリーミーに絡みながらも後味が重くなりません。カニカマを繊維に沿って細く裂き、きゅうりとにんじんのせん切りと混ぜると一本ずつにたれが均一に絡み、火を使わないため手早く仕上がります。
玉ねぎ、にんにく、生姜をすりつぶした湿ったペーストを、油が分離するまで弱火で炒める工程にいちばん時間がかかります。ここを急ぐと、生の素材の荒い味がソースに残ります。鶏もも肉はターメリックやコリアンダー、レモングラスとココナッツミルクで煮込み、ソースが鮮やかな黄色にとろりと絡むまで煮詰めます。西スマトラのミナンカバウ族によるパダン料理のひとつで、パダン料理店では注文前に小皿がずらりと並び、手を付けた皿の分だけを支払います。
フィリピンの小さなミルクパンで、表面にまぶしたパン粉が手に持つとほろりと崩れます。中は牛乳、バター、卵の生地でふんわりと裂け、甘さは控えめです。バターを加えた直後に生地がつるつる滑るのは正常で、こね続けるとなめらかに伸びる生地に戻ります。
フナのミンチと根菜を、濃口と薄口の醤油で甘辛く調えただしで煮て、熱いご飯にたっぷりかけ、ねぎともみのりをのせます。児島湾の干拓地の田や水路、川、児島湖で冬のフナがよく獲れたことから生まれた岡山県南部の料理で、まな板でフナをたたく軽快な音からとんとこ汁、とんとこめしとも呼ばれました。
ごぼうは皮のあたりに香りが多いので、包丁でむかずにたわしで土だけ落とします。赤唐辛子が入るので、甘辛い醤油味のあとに少しだけ辛みが追いかけてきます。