かに巻き汁
具は別に入れません。甲羅だけ外した山太郎ガニを味噌と一緒に臼でつき、水でのばして三度こしてから温めると、カニのたんぱく質がおぼろ豆腐のように固まって具になります。上には生姜汁と小口ねぎをのせるだけです。
日本料理509品。11/22ページで材料や調理時間を比べられます。 かに巻き汁, 豆腐の梅酢漬け, 肉うどん.
具は別に入れません。甲羅だけ外した山太郎ガニを味噌と一緒に臼でつき、水でのばして三度こしてから温めると、カニのたんぱく質がおぼろ豆腐のように固まって具になります。上には生姜汁と小口ねぎをのせるだけです。
こんがり焼いた木綿豆腐を、梅を漬けたときに上がる塩辛く酸っぱい梅酢に一週間ほど浸します。鮮やかな酸味と強い塩気の中で、豆腐はねっとりとクリームに近い舌ざわりになります。高知の保存おかずで、薄く切って酒の肴にします。家庭では食品用と表示された瓶詰めの梅酢を使い、中心まで加熱した豆腐を冷蔵だけで漬けます。
しょうゆ、みりん、砂糖で甘辛く煮た牛薄切り肉と玉ねぎが、澄んだだしのうどんにのります。肉をつゆで煮込まずフライパンで別に煮ると、肉にはつやが出て、つゆは濁らずすっきりしたままです。牛肉は赤みが半分ほど消えたところで調味料を加え、2分ほど返すだけにとどめるとかたくなりません。だしは最初に少し取り分けておき、つゆがしょっぱく感じたら足して整えます。ゆでたうどんも熱湯で表面のでんぷんを洗ってから盛り、最後まで軽いつゆを保ちます。
土手焼きの名は、鍋の内側の縁にみそを土手のように塗り、中央の煮汁に少しずつ溶かしながら煮る様子から来ています。大阪の料理で、牛すじとこんにゃくを甘めの田舎みそで長く煮込み、すじがとろりとほどける頃には、たれがへらに厚く絡むほど濃くなります。
栃木では残りご飯を水に浸し、小麦粉と味噌でまとめ直して、とうもろこし、こうなご、青のり、炒りごまを混ぜて厚めに焼きます。外は薄い焼き色で締まり、中はもっちりとして、餅とお焼きの間のような食感になります。浸したご飯の水気を切りすぎると小麦粉とつながらず、成形の途中で崩れてしまいます。
干しいもの「こっぱ」は洗ってから覆いをして6時間置き、芯まで水分を均一に戻すと、蒸したもち米と一緒についても乾いた芋片が残らずひとかたまりになります。甘みは黒砂糖と白砂糖を同量ずつ加え、厚い板状に固めて切り分けます。
山形県米沢の遠山かぶは、普通のかぶより硬く、甘みが強いかぶです。包丁で切らずに刃元の角で削り取るように割ると、でこぼこした面ができ、酒粕を溶いた汁がそこにしみ込みます。それでも芯まで味が入るのは、一晩冷まして翌日温め直したときです。
若い山椒の葉のさわやかな柑橘系の香りと舌先がしびれる刺激に、ちりめんじゃこの塩気とうま味が重なり、少量でご飯が進みます。山椒が自生する京都の山里で、春の新芽である木の芽を酒と薄口醤油で汁気がなくなるまで炒りつけ、保存してきた常備菜です。ご飯やおにぎり、お茶漬け、うどん、冷ややっこに少しずつのせて食べます。
豚バラは醤油、みりん、砂糖で甘辛く煮て、かつおだしの澄んだスープにのせます。肉の味がしっかりしているぶん、スープは醤油を控えめにして透明感を保ちます。茹でた麺は冷水ではなく温かい湯でさっと洗い、でんぷんを落としつつ冷まさないようにします。仕上げのかつお節と小ねぎが香りを立たせます。
厚く切ってゆでた大根の中心に串を通し、夜に凍って昼に溶けるのを約一か月繰り返して干したのがへそ大根です。串を抜いた丸い穴がへそに見えることから名がつき、翌年の夏まで保存できるため、宮城県南部では冬から夏まで煮物の材料にしてきました。にしめでは里芋、にんじん、干ししいたけ、凍み豆腐、結び昆布、笹かまぼこと合わせ、煮汁がほとんどなくなるまで煮含めます。
塩漬けの高菜で大きなおにぎりを包み込み、醤油味のご飯と高菜の塩気を一緒にほおばります。和歌山県南部で山仕事の人や海の漁師が持ち歩いた弁当がもとになっています。名前は、大口を開けるから、おいしさに目を見張るから、隙間なく目張りするからなど、いくつかの説が伝わります。硬い茎は刻んで味をなじませ、ご飯に混ぜ込みます。
名前に「くじら」とありますが、鯨の肉は使いません。日持ちのよい餅を意味する「くじもち」から転じたという説や、昔の餅が鯨ほど大きかったという説が伝わります。約300年前、新庄藩の兵糧として作られたという話も残っています。山形の最上・村山地方では、旧暦3月3日にあたる4月3日の桃の節句に、ひな壇へ供えて春を迎えました。黒砂糖液で溶いた米粉を一晩休ませ、くるみを敷いた深い型で蒸すので、切り口はずっしりしながら、もちっと粘ります。
こしあん入りのもち団子が醤油味の澄まし汁に2個ずつ浮かび、甘いものとしょっぱいものを一椀で一緒に口にします。小さな卵の形に丸めることから鶏卵(けいらん)の名が付き、青森県下北地方では秋の収穫や祝いの日に作られてきました。
黄色く完熟した梅を重さの20%の粗塩で漬け、上がった梅酢の中でひと月ほど熟成させてから天日に干すため、酸味と塩気が強く、果肉はねっとりと締まります。熟成中はすべての梅を梅酢に浸したままにし、天日干しは雨の予報がない日に限って、夜は冷蔵庫へ取り込みます。
塩を入れない幅広の麺をゆでずに、根菜の煮汁へそのまま入れて煮込みます。汁は澄まず、ほんのりとろみがついた状態に仕上がります。里芋、ごぼう、大根、しいたけ、油揚げで具だくさんになり、味付けは醤油と味噌の両方を使います。群馬の家庭の鍋で、麺の太さや野菜は家ごとに違います。
夏にゆでて干しておいたすべりひゆを冬に戻し、糸こんにゃく、にんじん、油揚げと炒めてからしょうゆ味で煮ます。雪の多い山形の村山や置賜では、冬に食べる山菜や野菜をこうして干しておきました。戻した茎はやわらかいのに、噛むと少し弾力が残ります。すべりひゆは野で摘まず、食用に作られた市販のひょう干しを使います。
だし、醤油、みりんで鶏ももと玉ねぎを煮て卵でとじた親子丼に、最後に三つ葉をのせます。ふたをして20秒置いたら火を止めます。三つ葉のパセリに似た香りは、それ以上熱を受けると抜けてしまいます。
正月のさつまいもと栗の甘露煮で作るきんとんとは名前が同じだけで、岐阜・中津川の栗きんとんは栗の実だけを砂糖と練り、ほっくりした口当たりと栗の香りを生かします。ゆで栗は冷めると殻の内側に張り付くため、数個ずつ湯から出して熱いうちに中身をかき出します。練り上げた生地はぬれ布巾で一つずつ絞り、上にひだを寄せて小さな栗の形にします。
鍋に最初に入るのは、油大さじ8と手でくずした木綿豆腐です。豆腐がそぼろ状になったら大根、ごぼう、ぜんまい、わらび、ふきを加えてさらに炒め、そのあとでだしと薄口醤油を注ぎます。肉は使いません。
中をくり抜いた白瓜に、しその葉で巻いた青唐辛子が詰めてあり、切ると真ん中に緑の芯が現れます。瓜を銃身、唐辛子を弾に見立てたのが鉄砲漬の名の由来です。千葉県の成田や香取で冬の保存食として始まり、ご飯のおかずや酒の肴になり、成田山新勝寺の門前土産としても知られます。塩漬けの瓜は、水を替えながら二日かけて先に塩を抜きます。調味液だけを毎日煮返して冷まし、瓜に戻す作業を数日続けるのは、歯切れのよい瓜の芯まで味を入れるためです。
肉や鰹節を使わず、干ししいたけの戻し汁でだしをとり、里芋やごぼう、にんじん、豆腐、油揚げを片栗粉でゆるくとじます。宮城県南部で彼岸やお盆、法事の席に出されてきた精進の汁物です。とろみはへらに薄くつく程度で、具が沈まずに汁と一緒にすくえます。温麺を汁で直接ゆでるとでんぷんが溶け出して濁り、重くなるため、別鍋でゆでて最後に加えます。白石温麺に糸こんにゃく、豆麩も加わって汁物と麺料理のあいだのような一椀になり、三つ葉の香りで締めます。
明治以降に西洋料理を日本流に作り替えた洋食では、エビフライは尻尾をつけたまま棒のようにまっすぐ揚げます。まっすぐな形は、衣をつける前に腹側へ浅い切り込みを3、4か所入れ、手のひらで押して伸ばしておくことで生まれます。パン粉は押しつけずに軽くまぶし、タルタルソースかとんかつソースを添えます。
水の代わりに冷ましたほうじ茶で炊いたご飯には、ほのかな焙じた香りが移り、炒って皮をむいた大豆が香ばしく歯に当たります。東大寺のお水取りに参加する僧の食事に茶粥と並んで出たものが原形とされ、のちに旅人が江戸へ伝え、浅草寺周辺の店で広く知られるようになりました。大豆と塩は吸水した米の上に散らすだけで、混ぜずに炊きます。
干し柿約20個をすき間なくつないで巻いた円筒なので、薄く切ると琥珀色の果肉と白い粉の層がバラの花のように重なります。熊本の宇城や山都では福をかき集める縁起物として、年末の贈り物や正月に用います。干す間に何度も手でもんで形を整えたもみ柿を使うと、模様が細かく鮮明になります。