たらの子和え
青森県津軽地方の冬の惣菜です。鱈を頭から内臓まで使い切る土地で、子も塩漬けにして保存したり、正月や祝いの料理に入れたりしてきました。にんじん、高野豆腐、糸こんにゃくを先に酒で煮てから、膜からかき出した生の鱈の子を加えて炒ると、粒が白く火が通ってばらばらになり、どの具にもぽろぽろとまぶさります。
青森県津軽地方の冬の惣菜です。鱈を頭から内臓まで使い切る土地で、子も塩漬けにして保存したり、正月や祝いの料理に入れたりしてきました。にんじん、高野豆腐、糸こんにゃくを先に酒で煮てから、膜からかき出した生の鱈の子を加えて炒ると、粒が白く火が通ってばらばらになり、どの具にもぽろぽろとまぶさります。
千葉県館山の秋祭り、やわたんまちで神輿を担ぐ人に配られてきたおにぎりで、片手で持てるように大きく握ります。具はかつお節と甘辛く煮た豚ばら肉と油揚げです。煮汁もご飯に混ぜるため、汁気が少なくなるまで煮詰めておきます。一度に二十個できる分量です。
干したずいき(いもがら)を30分戻し、れんこん、にんじん、油揚げ、こんにゃくと油で炒めてから、甘い醤油の煮汁でふたをせずに煮ます。仕上がりは鍋底に煮汁がほとんどなく、いもがらはやわらかく噛めて、れんこんにはまだしゃきっとした歯ごたえがあります。
半分に割ったワタリガニを殻側から焼き、返したら切り口にバター、にんにく、醤油、レモン汁のソースを乾くたびに塗り重ねます。カニの大きさはまちまちで、時間は目安にすぎません。いちばん厚い身が63°C(145°F)に達し、真珠色に不透明になれば焼き上がりです。
さんまの身をすり鉢で粘りが出るまですり、味噌、卵、酒を混ぜて丸めた団子を、まず水だけで煮ます。団子の味噌と魚の味が湯に移って汁の味になり、大根、にんじん、豆腐はその後に入ります。
ホタテごとにのせたバターがひとかけら溶け、殻にたまった汁と混ざって、別に作らなくても塩気とこくのあるたれになります。下処理が簡単で蒸すのも6、7分と短く、急いで酒の肴を用意するときにも出せます。
塩はカタクチイワシの重さの20パーセントにそろえ、熟成中はずっと冷蔵します。塩水が上がって魚が沈むまでは瓶を開けず、生臭さが抜けてからにんにく、生姜、唐辛子粉、料理酒を加えて香りを重ねます。仕上がった塩辛はキムチの薬味に少し混ぜたり、温かいご飯にひとさじのせたりして食べます。
宋代の詩人、蘇東坡の名がついた豚バラ肉の煮込みです。厚めの角切りにしたバラ肉をたこ糸で縛り、醤油と清酒、砂糖で長く煮ると脂身が透き通るほどやわらかくなり、厚めに切って煮詰めた煮汁をかけると照りのある濃い茶色になります。
くちなしで黄色く炊いたご飯に、崩した豆腐とたたいたエソ、根菜をだしで煮たかやくを汁ごとかけます。大分県臼杵の料理で、高価な小豆飯の代わりに質素な藩が黄飯を用いたという話や、南蛮貿易で見たパエリアに由来するという説が伝わります。大晦日に大鍋で煮て、正月三が日に温め直して食べた商家の習慣も残ります。
ソボロといっても挽肉は使わず、豚ばら肉や揚げかまぼこ、こんにゃく、にんじんを5cmほどの太めの細切りにそろえます。ささがきのごぼうと最後に加えるもやしで歯ざわりに変化が出て、もやしはしゃきっとしたまま仕上がります。味付けは薄口醤油と砂糖、酒に、こした椎茸の戻し汁を合わせ、鍋底に煮汁が少し残るくらいで器に盛ります。
半分に切ったなすの断面に甘い味噌だれを薄く塗り、表面だけをさっと焼きます。中はスプーンですくえるほどやわらかく、上の味噌はふつふつと泡立って、ところどころに小さな焼き色がつきます。なすは油をすぐに吸うので、最初に火を通すときは油を多めに使います。
縁は薄くやわらかく、中央は少し厚く弾力が残るようにのばすので、一切れで二つの食感が味わえます。青森県南部の汁物で、麺のようにのばして切るのではなく、生地を引っぱってちぎる動きが名の由来とされます。休ませた強力粉の生地を、鶏肉、ごぼう、人参の入っただしへ直接ちぎり入れます。
清酒とにんにくの湯気の中でムール貝900gが口を開け、あふれた汁がそのままスープになり、だしは要りません。強火で一気に火を通し、身がふっくらしているうちに止めるのが要で、煮すぎると身が縮んで固くなります。長ねぎと青唐辛子は殻がほぼ開いてから加え、香りだけをまとわせます。鍋底に残った汁は、カルグクスやラーメンを入れて締めにします。
スケトウダラの卵は薄い膜に包まれていて、洗う段階でも返す段階でも破れやすいため、手の力加減で仕上がりの形が決まります。昆布と塩で30分置いて表面を締めてから、料理酒と唐辛子粉の薬味を薄くまとわせます。冷蔵で寝かせるうちに粒が締まって噛むとぷちっとはじけ、唐辛子の辛みは塩気の後ろに控えめに残ります。薄く切って温かいご飯にのせます。
土手焼きの名は、鍋の内側の縁にみそを土手のように塗り、中央の煮汁に少しずつ溶かしながら煮る様子から来ています。大阪の料理で、牛すじとこんにゃくを甘めの田舎みそで長く煮込み、すじがとろりとほどける頃には、たれがへらに厚く絡むほど濃くなります。
胴に詰めたもち米といかの足が、だしと酒、醤油の煮汁を吸ってもっちり炊け、輪切りにすると白い米をいかの縁が囲む断面になります。米は煮る間に膨らむため胴の6分目までにとどめ、詰めすぎると皮が裂けます。
細長くおろした太刀魚の身を竹の棒にらせん状に巻き、醤油と砂糖、酒、しょうが汁のたれを何度も塗りながら炭火で回し焼きにします。身幅をそろえ、縁を少しずつ重ねて巻くと、回してもほどけません。愛媛県宇和島の老舗の魚屋が1987年に考案したと伝わり、手間がかかるため家庭より居酒屋や地元のかまぼこ店で味わう名物になりました。表面が乾くたびに塗り重ねた濃い色の層に、仕上げのみりんで照りを付けます。食べるときは熱い竹から身を抜き、骨が残っていないか見ます。
ゲンゲの身はとてもやわらかく、混ぜるとすぐに崩れるため、煮ている間は鍋を軽くゆするだけにします。魚のゼラチン質で、澄んだ汁にほんのりとろみが出ます。東海岸の江原道と慶尚北道では、冬の港の食堂で土鍋に入って出てきます。
うなぎは清酒をふって一度蒸し、身が白くなって脂が少し抜けてから醤油だれを塗り、もう一度蒸します。脂がいくらか抜けた身に塗ることで、たれがつやよく落ち着きます。韓国では夏の伏日(ポンナル)の膳によく上がる蒸し物です。
春に塩をしたイワシを夏越しで熟成させ、晩秋にそれを煮崩した濃い汁へ大根を漬け込みます。新潟市角田浜に伝わる作り方で、仕込みは二つの季節にまたがります。歯切れのある大根に発酵したイワシの塩気と香りが強く移るため、薄く切ってご飯に少しずつ添えます。大根は作り手が使う白首大根で、春の塩蔵で出た漬け汁は市販の魚醤では置き換えられません。魚の処理と煮込みのにおいに耐えられる作業場所、大きな樽と重石の準備から始まる漬物です。
夏にゆでて干しておいたすべりひゆを冬に戻し、糸こんにゃく、にんじん、油揚げと炒めてからしょうゆ味で煮ます。雪の多い山形の村山や置賜では、冬に食べる山菜や野菜をこうして干しておきました。戻した茎はやわらかいのに、噛むと少し弾力が残ります。すべりひゆは野で摘まず、食用に作られた市販のひょう干しを使います。
ご飯を半分ほどつくだけで餅にはしないため、焼いた表面の内側に米粒がしっかり感じられます。福島でじゅうねんと呼ぶえごまを炒ってすり、砂糖と味噌、酒で練ったじゅうねん味噌を塗って、軽い焦げ目のうちに火から下ろすと砂糖が黒く焦げません。
春から初夏に北海道沿岸で獲れるトキシラズは、産卵前の若い鮭なので秋鮭より身全体に脂がのっています。醤油と酒に半日ほど漬け、焼きながら煮立てた漬け汁を塗ると、表面に照りが出ます。北海道では6月の神宮祭に赤飯とともに並べた家庭のごちそうで、ご飯のおかずにも酒の肴にも合います。トキシラズが手に入らなければ、脂がほどよい生鮭の切り身で作ります。
皮付きのまま角切りにしたさつまいもは具として形を残し、最後にすりおろして加える生のいもが汁にやさしい甘みと素朴なとろみを付けます。長崎の冬の汁で、名は細かく刻むという意味のポルトガル語ピカドに由来するとされ、西洋との交流で伝わった煮込みを地元の魚と野菜で作り替えたものと伝わります。小麦粉の水溶きは使わず、ブリと鶏肉を一緒に煮るので、魚と肉のうまみが一つの鍋に重なります。